フィリピン 1. 基本情報
1.位置
東南アジアの東側、太平洋に浮かぶ島国です。海を隔てて日本、ベトナム、台湾、マレーシア、インドネシアと近接しています。
東京(成田国際空港)から飛行機で約5時間という距離で、日本との時差はマイナス1時間となっています。また、首都マニラの位置は北緯15度・東経120度です。
2.国名
正式名称は「フィリピン共和国」“Republic of the Philippines”です。
スペインの支配下にあったこの地域は当時のスペイン皇太子フェリペ(のちの皇帝フェリペ2世)にちなんで名づけられました。
3.国旗
太陽の8つの光は、独立運動に立ち上がった8つの州を、3つの星はルソン、ヴィサヤ、ミンダナオの3つの地方を、下部の赤は勇気と愛国心、上部の青は平和と真実、左側の白は平等を表しています。
また、戦争の時には天地を逆にして「勇気」と「愛国心」を表す赤を強調するという、他の国旗には見られない特徴を持っています。
4.面積
約30万k㎡の広さで、日本の面積(38万k㎡)から北海道を除いたくらいの広さです。
地域区分は大きくルソン、ヴィサヤ、ミンダナオの3つに分けられます。島の数は日本のそれとほぼ同数の大小合わせて7107の島々から構成されています。
ちなみに日本列島は6852の島々から成り立っています。
5.人口
9,344万人(2010年1月、国連調べ)。日本とフィリピンの人口比は約4:3です。
そしてフィリピンは、25歳未満が人口の50%(日本は23%)を超えています。若者比率が高く毎年50万人の若者が大学を卒業すると言われ、豊富な人材が埋もれています。
6.首都
マニラです。「東洋の真珠」とも呼ばれています。
16世紀にスペインの支配が始まった頃より首都になっていたと言われています。 一時期近くのケソン市に首都が移った時期もありますが、フィリピンの政治、経済、文化その他あらゆるものの中心地として現在に至っています。
正式名称はメトロ・マニラ(マニラ首都圏)で、マニラ市やマカティ市、パサイ市、マンダルーヨン市など17の市と町で構成されています。 人口は約1,185万人(2010年5月、フィリピン国家統計局調べ)です。
7.言語
公用語として英語を話す人口は世界3位で、国語はフィリピン語、公用語がフィリピン語と英語となっています。
マスメディアでは、有力な新聞はほとんどが英語で書かれており、またテレビ・ラジオは英語とタガログ語が半々といったところです。
現在使われているフィリピン語は、マニラを中心として話されているタガログ語をもとに作られた言語ですが、各島や地域によって言語が異なるため、 その共通語として英語が必要であるということになります。
8.民族
最大の民族は首都・マニラ近辺に住むタガログ族、以下セブ島中心に居住するセブアノ族、イロカノ族、ビサヤ族、ヒリガイノン族などです。
9.気候
高温多湿の熱帯性気候で年間平均気温は27℃前後です。
3月から5月までが最も暑い時期で、4、5月は各学校の夏休みとなります。 6月から10月までは強烈な台風を伴う雨季、11月から翌年2月までは乾季と大きく3つの季節に分かれます。これらの気候は地域によって大きく異なります。
10.政治
政体は立憲共和制で、現在の元首はベニグノ・アキノ大統領です。議会は上院と下院の二院制となっています。上院は任期6年で議員数は24、下院は任期3年で議席数は291です。
なお、アキノ大統領は前大統領のアロヨ大統領を強烈に批判し2010年に大統領に当選、それまでの政治汚職や腐敗の根絶を強く宣言しています。
また、フィリピン南部ではイスラム教徒が多く、過去に政府軍と数々の紛争がありましたが、イスラム教徒との和平や国内治安の安定にも力を入れています。 イスラム教の「ラマダン(断食月)明け」を国民の祝日にしていることからもそのことが伺えます。
11.経済
日本のような先進国では製造業が盛んですが、フィリピンではその基盤がないため、基本的にサービス業(OFW、BPOあるいは観光業)などの人的資源に頼る傾向があります。
また、フィリピン経済を握っているのは東南アジア各国で多く見られる、いわゆる「華僑」で、流通その他あらゆる産業を中国系(一部スペイン系)が支配しているという構図になっています。
OFW(Overseas Filipino Workers) - 海外フィリピン人労働者
海外在留フィリピン人は総人口の約10%にあたる約950万人(2010年末、フィリピン海外雇用庁調べ)で、地域別では圧倒的に北米が多く(米国316万人、カナダ66万人)全体の約40%を占めています。 中東ではサウジアラビア151万人、アラブ首長国連邦63万人、またオーストラリア34万人などとなっています。
職業別では、家事サービス(いわゆるメイド)28%、看護師4%、清掃関連4%、介護関連3%、サービス業3%、電気通信関連3%などとなっています。また、船員やエンジニア、IT関連に従事する人も多くいます。
このOFWからフィリピン本国への送金額はフィリピンの国家予算に匹敵する金額で、GDPの約10%にもなり、フィリピンの貿易収支の赤字を十分に補填(カバー)するほどの金額となっています。
フィリピンの問題点は、他の発展途上国と同様、製造業が育っていないという点です。 外国資本の多国籍企業が、製品の組み立てなどの産業はこの国に下ろしますが、この国独自の技術開発などは皆無な状況です。 果物などの一次産品を輸出する、電化製品などを組み立ててそれを輸出するあるいは豊富な労働力を海外へ出稼ぎという形で送り込んでいます。
BPO(Business Process Outsourcing) - ビジネス・プロセス・アウトソーシング
フィリピンでは人々が普通に英語を話し、識字率も割合高く、毎年大学卒業者が約50万人います。 また、フィリピン人はホスピタリティー(おもてなしの気持ち)が豊かな国民性のため、コールセンター業務などに向いていると言われています。 さらに安価で豊富な労働力であることから、アウトソーシング先としてもとても適しているということになります。
現在はコールセンター、トランスクリプション、ソフトウェアやコンテンツ開発が盛んになっています。
今後、フィリピンでの国内産業、特にBPO産業が発展し、フィリピン人が海外に出稼ぎ労働に行かなくなったとき、 今度は今までフィリピン人が従事していた業務を彼らに代わって誰が遂行していくのか、各国は考えていかなくてはならないことになるでしょう。
具体的には、船員のほとんどはフィリピン人ですし、アメリカやカナダ、イスラエルなどの病院では看護師、介護福祉師のほとんどをフィリピン人が担っています。
観光業
周囲を海に囲まれているということでビーチリゾートの開発は非常に盛んで観光業はこれからも大きく伸びることになるでしょう。フィリピン人のホスピタリティーとうまくマッチする産業です。
12.海外移住地としてのフィリピン
近年はリタイアした人々を主な対象とするショートステイ・ロングステイの場所としてもフィリピンは注目を浴びています。
リタイアした後の第2の人生を暖かい国でゆっくり過ごそうという人にはうってつけの場所がフィリピンです。 永住ビザも他の国々と比べ簡単に取得できますし、実際ASEAN諸国でフィリピンは、永住ビザ取得者が最も多い国となっています。
生活費が日本の3分の1~5分の1(地方へ行けばさらに安い)なので日本の年金需給者でも十分に生活できる環境が整います。 生活の質は人により様々ですが、日本円で10~15万円ほどあれば特に贅沢をしない限りは十分に楽しく生活できるようです。
13.歴史
1521年、ポルトガル人マゼランが世界一周の途上で寄港したのが現在のセブのマクタン島で、そこでマゼランは熱心にキリスト教の布教を行いました。 あまりにも度を越えた布教の結果、現地の王・ラプラプ王軍との戦闘により戦死しました。 マゼランの部下たちがほうほうの体で逃げ出して何とか帰り着き、世界一周を達成したということです。
以後、スペインがこの地域を実質植民地化し350年余りにもわたる支配が続くこととなります。 その後米西戦争にてアメリカの支配に変わりました。第二次世界大戦時には一時期日本の支配が数年ありましたが、大戦終結後の1946年に独立を果たし、現在に至っています。 現在のフィリピンは、政治や経済、文化などの面でアメリカと関係が深いです。
14.日本との関係
歴史
豊臣秀吉による朱印船貿易により、フィリピン各地に日本町(日本人街)ができ17世紀初頭には3000人規模に達していたと言われています。
その後、江戸幕府の鎖国政策により日本町は衰退し、やがて消滅しました。日本から追放された有名な大名にはキリシタン大名・高山右近がおり、当時のスペイン人フィリピン総督に大歓迎を受けました。
経済
現在フィリピンは日本の最大の援助供与国となっています。 現在の大統領の母親、故コラソン・アキノが大統領の時(1986年~1992年)に何度か来日しています。
また、フィリピンの最大の貿易相手国は日本ですし、日本への輸出で最大のものはエレクトロニクス製品で、対日貿易は黒字となっています。
在日フィリピン人
外国人登録者数では約210,000人(2012年末、法務省調べ)となっています。国籍別では中国、韓国に次いで第3位です。
在フィリピン邦人
フィリピン在留邦人は在留届を出している人だけで約18,000人(2012年、外務省調べ)です。ほとんどが首都・マニラを中心とした首都圏に住んでおり、企業の駐在員や政府職員、留学生など様々な人々が生活しています。